マルチ商法の本質 〜自己啓発とマインド・コントロール〜

みなさんは、マルチ商法にどういうイメージをお持ちですか?

  • ラクタみたいにうさんくさい商品を、ものすごい高額で売りつけている。

というイメージでしょうか?

それとも、

  • つぎつぎと勧誘して会員数を増やしていくビジネス。(※人数は等比数列でふくらむから、すぐに限界がきて破綻してしまう。)

というイメージでしょうか?

一般にはこういうイメージが広く流布されていて、社会問題としてニュースになるのはこの文脈です。
しかし、この理解はあまりにも浅薄と言わねばなりません。現実のマルチ商法はかならずしもこれらのイメージに当てはまらないものが多いですし、少なくとも「当てはまらない」「これはマルチ商法じゃない」と錯覚させて安心させる仕組みになっています。つまり、もっと巧妙な手口で行われているのです。


勧誘の手口

第一段階

たかだか数千円の商品を知人から紹介される。それは珍しいものではなく、洗剤だったり化粧品だったり健康食品だったりする。
日用品は買いだめしておいても無駄になることがないし、数千円の価格なら付き合いで買ってあげたりもする。もちろん最初は無料体験として譲ってもらえる場合もある。

第二段階

いざ自分自身がその商品を使ってみると、案外良いものだった、悪くはなかったと実感する。
べつに高額というわけではないし、知人との付き合いもあるから断りづらく、彼or彼女からその商品をふたたび購入する。
こうして顧客としてお得意様になる。

第三段階

その知人から勧誘されて、自分も販売員になってみる。
何十万円もつぎこんで仕入れをおこなう必要はなく、数万円の元手でスタートできる。
取り扱うのは他ならぬ自分が愛用していた商品である。品質については間違いなくおすすめできるし、使い方・セールスポイントをよく心得ている。

第四段階

販売方法の講習をうけるため、セミナーやサークルに参加させられる。あくまで自由参加の形式だが、そこに通いつめるうちに洗脳される。
自己啓発セミナーのような厳しさと、仲間同士でやるサークル活動のような楽しさと、その両方があるから依存してしまう。
*1

第五段階

マインド・コントロールの完成。
販売員として成功を掴むことこそ「夢」「幸せ」と刷り込まれる。現在のつまらない仕事はやめるor就職をあきらめて、マルチのその商品を販売することを本業にしていこうと考え始める。
利益を出すためには大量の仕入れが必要になってくるし、ときには高価な商品も取り扱わなくてはいけない。



マルチ商法の仕組み

1,売りつけるのはガラクタではない

マルチ商法悪徳商法=ガラクタを高額で売ってまわる」と認識している人が少なくありません。
しかし、それはひどい間違いです。マルチ商法のなかには、数千円の健康食品や化粧品をはじめ、ふつうの日用品を売るという手口がよくあります。

顧客の立場にしてみれば、たかだか数千円の商品を押し売りされたぐらいで裁判沙汰にするわけがありません。それどころか、その商品がよっぽど悪質でなければ不満を持たないし、ずるずると購入を続けてしまうこともありえます。

マルチ商法のすべてが虚業というわけではありません。
堂々とした立派な本社ビルがあって、ちゃんとした生産工場があって、新製品の開発努力をしていて、顧客のため充実した返金保証がついているとしても、そんなことは手口がマルチかどうかとは無関係です。
例えば、マルチとして悪名が知れわたっているア○ウェイだって、取り扱っている製品自体はなかなか良質とききますし、値段もそれほど非常識なものばかりではありません。


2,会員数を増やさないこともある

マルチ商法は、むやみに人を勧誘してまわるわけではありません。
世間一般での認識は、昔ながらの「ねずみ講」と同じでしょう。「等比数列のように会員を増やしていくから、すぐに人数が膨れあがって限界がきて破綻する」というものでしょう。しかし、マルチ商法はそれに当てはまらないものが多いのです。

マルチ商法は、たしかに新規会員の勧誘をやるにはやっているのですが、先に述べたとおり、おとなしく製品を売るだけで終わらせる場合のほうが多いです。
それは知人やご近所さんに売りつけているケースもあるし、訪問販売で売っているケースもあるでしょう。*2

販売員は、顧客の中から目星をつけた相手にたいして、「販売員になってみないか」という話を持ちかけます。*3
顧客のほうも自分がじかに商品を使ってみていて、けっして悪くないものだと理解しているから、罪悪感を持たずに軽い気持ちでその販売員の仕事を始めてしまいます。
この手のマルチの誘い文句は、「ネズミ構はどんどん会員を増やして破綻する。しかし、うちの商売は顧客にモノを売るのが仕事だから大丈夫」というものです。


3,無店舗販売、委託販売との区別がつかない

マルチ商法は、ぜったいに「下っ端は自腹を切って商品を仕入れる」「下っ端は上の会員から商品を買わされる」という形態をとります。
販売員にたいして所定の給料が支払われることはありません。それどころか逆に、上層部は末端の販売員からお金を吸い上げます。

もっとも、これは自営業のやり方と酷似しています。個人経営の商店はまず自腹を切って商品を仕入れます。自分が卸売業者から買ってきた商品をお店に陳列して客に売っているわけです。
フランチャイズでやっているコンビニ・ファミレスとも共通点があります。フランチャイズではわざわざ本社が給料を支払うわけじゃなく、各店舗のオーナーが独自に経営をやって利益を生んでいます。
ですから、マルチ商法を正当化する手口としては、次のような方便も用いられています。
「本社がわざわざ給料を支払わなくても、下っ端はちゃんと恩恵を受けている。そこは自営業やフランチャイズと同じことだ」


4,合法的にやっている (※本社だけは)

行き詰まったら計画倒産して、また新しい商売をはじめる。――そんな杜撰な手口も少なくありません。
しかし、それより胸糞悪くてやっかいなのは、倒産せずにやっていける大手のマルチ、しぶとく何十年も長続きしている合法路線の会社です。

豆知識として広く知られていることですが、マルチ商法自体はべつに違法ではありません。前項3で述べたとおり、無店舗販売・委託販売との区別がつきにくいからです。

もちろん、強引な勧誘とか押し売りは法律で禁止されています。商品を売るとき虚偽の説明をしてはいけないのは当然なのですが、その他にも「特定商取引に関する法律」で連鎖販売取引として細部にわたる規制がされています。
たとえば、本当はマルチの勧誘・押し売りをするのが目的であるのに、その事実を伝えないまま相手を呼び出すのはアウトです。つまり電話やメールで「遊びにいこう」と誘っておいて、呼び出した相手に不意打ちで勧誘・商売をするのは、あれはやってはいけない違法行為です。
おなじ理由で、「お料理パーティーをしましょう」と呼びかけてママ友を集め、その場で調理器具を売るなんていうこともやってはいけません。

本社は一応、こういう法律を守るように会員に伝えているはずだし、もっと厳しい独自のガイドラインを設けているところもあるみたいです。
しかし、そんなものはあくまで表向きの話……。本社がドヤ顔で「われわれは合法的にやっている」と主張している裏では、事実上、会員たちによる強引な勧誘・押し売りが日常茶飯事になっています。
マルチをやっている下っ端の会員はどうせ商売の素人ばっかりですから、薬事法も何も知らないし法律知識をもっていません。ですから、化粧品や健康食品を売るとき、平気で「アトピーが治る」と説明してしまいます。勧誘するときにはウソの説明をして「絶対に儲かる」とさえ言うでしょう。それが現実です。

ただし、そういう下っ端の販売員は、本社やその下請企業が直接雇っている社員ではありません。
マルチの販売員は、肩書きはあくまで一人一人が独立事業主ということになっていますから、いくらたくさん不祥事を起こすヤツがいたって本社は知らぬ存ぜぬなのです。
もし販売員がひどいトラブルを引き起こして裁判沙汰になったとしても、「それは下っ端が勝手にやったこと、本社は知らなかった、そいつの自己責任」ってことなんでしょう。
本社はむしろ逆に、「違反行為をする販売員がいれば通報してください。厳しく注意します。それでも直らないときは会員登録を抹消します」とうそぶき、正義ヅラして開き直っている始末です。

ずる賢くも、大きめの企業になればなるほど、マルチの会社は自分たちだけがぜったい合法でいられるよう取りはからっています。
本社は、会員たちが日頃やりまくっている違法な勧誘&押し売りに支えられて利益をむさぼっているくせに、いざ本社に火の粉がふりかかりそうになると下っ端の会員をトカゲのしっぽみたいに切り捨ててしまうんです。


5,借金を作ることはない (※うまくやれば)

認めるのはイヤですけど、これも一応事実でしょう。
マルチにハマった人たちの全員が大損害をこうむって借金を作るわけじゃありません。それどころか、ピラミッド構造の最下層にいる会員でも、収支をずっと黒字にしつづけることは実際可能です。

マルチの誘い文句は、「ぜったいに損しない」というものです。
この文句自体はあからさまな嘘っぱちですが、それはともかく、勧誘でだます手口はどこのマルチでも似たり寄ったりです。「自分が決めた必要な数だけ仕入れたらいい。在庫を山ほど抱えこんで困ることはない」という説明がなされるでしょう。

むやみに高価な商品を取り扱ったりせず、大量の在庫を仕入れないよう注意しておけば、一番下っ端の会員でもお小遣いぐらいの額は稼げるはずです。
具体例をあげれば、私が一箱2,000円のセッケンを10箱おろしてもらい、それを一箱3,000円で売ったとすれば、全部さばいて計10,000円の黒字になります。いくら私が商売にかんして素人といえども、10箱ぐらいなら完売できそうだし、もし売れ残ったとしてもその程度の損失ならばタカが知れています。また、もし在庫を抱えてしまっても、ゆくゆくは自分が消費していくことができます。

このように、うまくやりさえすれば、最下層にいる会員でも黒字を十分実現できるのです。
まじめに取り組んでおり、かつ、商才をもっている人ならば尚更です。けっこうな売り上げを実現できちゃうケースもあると思います。
厄介なのは、まさしくここの部分です。マルチ商法の仕組みは、「儲かるのはピラミッドの頂点にいるヤツだけ。そのほかは全員がぜったいに損をする」と言いきれるほど単純じゃないのです。


6,悪徳商法のオンパレード

マルチ商法のビジネスモデルは、それ自体が違法ではないにしても、ほぼ100パーセントあらゆる悪徳商法とセットになっています。

公式には仕入れのノルマがないところだって、「一括購入で仕入れをすれば割引適用」「仕入れの数を増やせばランクアップ」とかなんとか言われて煽られます。下っ端の会員たちはそれにだまされて、さばききれない大量の在庫を抱えこまされるのです。

資格商法との合わせ技もありえます。
「このエステマシーンで経験を積めば、ゆくゆくは〜〜の資格が取れますよ」という説明にだまされて、その資格ほしさに目がくらみ、うっかり高額なエステマシーンを買わされてしまうようなケースがそれに該当します。*4
これがもし化粧品を取りあつかっているマルチなら、会員たちはみんな美容に興味をもっているでしょう。そのため、美容にまつわる資格をエサに垂らされると食いつきやすいだろうし、エステ機などの高級機材にもすぐ手を伸ばしてしまいやすいのです。

おなじく、霊感商法もありえます。
上級会員が占い師・霊媒師やスピリチュアルみたいなことをやっていて、そいつが下の会員に商品をおろす際、オカルトな語り口で言いくるめて大量に仕入れさせるのです。

デート商法催眠商法SF商法もお手の物でしょう。疑似科学をふりかざして薬事法違反するなんてことも日常茶飯事です。
マルチ商法の販売員がよくやっている虚偽の説明・強引な押し売りは、必ずしも外部にいる顧客をターゲットとして行われるものじゃありません。それは日頃、会員同士のあいだで内々に横行していることなのです。

本社側ではもちろん、こういう違法行為を認めていないでしょう。しかし、前項4で述べたように、ガイドラインによる倫理規定なんて、どうせ口先だけなので意味がありません。会員たちが独自にやっている狼藉は野放しにされています。


7,ブラック企業よりひどい

マルチの会社は、いわゆるブラック企業より真っ黒です。残業代どころか給料を支払わない、最低賃金労災保険もない、あげくの果てには会費をとるなり製品を卸すなりして販売員からお金を吸い上げます。

ブラック企業はよく「うちの会社で働くかどうかは自由。辞めたければ辞めればいい」という開き直りをしていますが、マルチはそのあたりがもっと悪辣で、仕入れのために借金するかどうかは自由。辞めたければ辞めればいい」という理屈なのです。

外向きの顔と内向きの顔を使い分けるのも、ブラック企業がかわいく見えてくるほどです。顧客にむかって失礼があるといけないし、クレームがふくれあがって世間の風当たりが強くなっては困りますから、マルチでも大手のところは世間一般に対して平身低頭するんじゃないでしょうか。大手のマルチなら返品制度や品質保証がしっかりしています。
代わりにそのぶん、会員のあいだで上から下へ強引な押し売りがあっても見てみぬフリです。もし商品がぜんぜん顧客に売れなくて、下っ端会員がごっそりと在庫を抱えこんだとしても、本社はそれで儲かる仕組みになっているのですから。

上級の会員だって、けっしてラクではありません。自分が儲けたいという野心だけじゃなく、常に一定のノルマを満たすように商品をさばいていかないと、「売り上げが悪い」と本社からお叱りを受けてランクを下げられてしまいます。
そういうわけだから、少しぐらい強引なやり方になってしまおうと、上級は中級へ、中級は下級へ、たくさんの商品を売りつけていくことが必要になるのです。

さらに洗練された大手の会社になると、下っ端が在庫を抱えこまないように配慮しています。ドカンと多額の借金を作らせて破産させるより、販売員をやさしく飼い慣らしてタダ働きさせたほうが好都合だからです。そうして半永久的に会社の商品を買わせ続けよう、高額なものはマレに買わせておけばいい、っていう算段です。これもまた社会問題になりづらい所以でしょう。
マルチの働き方は、たしかに残業や就労規則がなくて自由といえば自由ですが、販売するときにかかる交通費などの諸経費も、病気やケガで働けなくなったときの保険も、一切合財を個人に負担させる仕組みになっています。本社からすれば人件費が1円もかからない、まさしく文字通りの完全歩合制っていうわけです。
後で詳述しますけど、"夢を叶える"とか"お店をもてる"と言われて洗脳されると、会員はみずから喜んでこのタダ働きを始めます。こんなひどいタダ働きをさせてもらうために、会費と労力を貢ぐにとどまらず、スキルアップに必要とされる高額な教材・機材まで買ってしまうのです。


8,人間関係を壊すわけではない (※節度を守れば)

「マルチをやると友達をなくす」というふうに反対する人がいます。
これは至極もっともな意見ですが、やはり物事の一面にすぎません。借金するかしないかと同じで、節度を守ってやるかぎりは大丈夫なのです。
これまた白々しい詭弁ではありますが、つまるところ、「嫌がる友達をしつこく勧誘しなければいい」「そもそも友達に商品を売るかどうかは自由。友達を勧誘するかどうかも自由」という理屈でしょう。



マインド・コントロールとその症状

1、なぜ損害をこうむってもマルチを止められないか?

これはあくまでも私見ですが、「ラクしてお金儲けがしたい」という考え方なら、マルチ商法にひっかかる可能性も低いと思います。
一時的にだまされちゃうことはあっても、ずるずると深みにハマらないから、さっさと足を洗ってやめるのが簡単なほうでしょう。

純粋にお金儲けするためだけにマルチをやっている人なら、「こんなことを続けていてもお金を稼げる見込みはない」と疑念を抱くし、すぐにその収支・労力をふりかえってみて冷静になれるでしょう。

しかし、現実には、どんなに損害をこうむってもマルチを止められないケースが少なくありません。
言うなれば依存症とよぶべき病的な状態に陥っているのです。
周囲がいくら説得を試みても、当人はぜんぜん聞く耳をもってくれないし、こじらせると正常な会話ができなくなります。

弟:ていうか俺ね、今まで心から語り合える友達いなかったのね。学校でもなんか微妙な感じだし、「親友」って呼べるような奴がいなかったのね。

弟:それが、マルチに入ってすげーいい奴に恵まれて、みんなすげー大きな夢持ってて、すげーかっこいいのね。マジで輝いてる。今行ってる会社なんかこんな熱い奴らいないし。

弟:そんなすげー奴らと一緒にいられると、俺もすげー成長できる気がするし、そう素直に思えることって悪いことじゃないと思うんだよね。だから俺は悪いことしてないし、誰からも文句言われる筋合いはないし。

弟:だから家族に文句言われるとすっごい腹立つんだよね・・・。俺こんな一生懸命やってるしさ。初めてできた友達だしさ・・・。俺・・・友達大事にしたいしさ・・・(号泣)。
「マルチ商法に関する俺の体験談を書く」

巷にあふれるマルチ商法の体験談を読めばわかると思いますが、ああいう商売をやっている人は、「夢」だとか「やりがい」みたいなものを真剣に求めていることが多いみたいだし、「リア充になれる」「友達ができる」っていうことから依存しやすいんだと思います。

マルチ商法は、ことあるごとに仲間や先輩たちと集会をやります。
自己啓発セミナーみたいな講習会でテンションをあげるのは朝飯前だし、それ以外にも慰労会や研修旅行など、何かと理由をつけて仲間と一緒に過ごすようになります。*5
ひどいときは、そういう仲間との付き合いが日常生活にまで介入してきて、どっぷりマルチに依存していくケースがあるようです。


2,自己啓発との共通点

週に何回も集会(パーティ)のような集まりがあってだいたい30人くらいでみんなで夢語っているようです。
友人の旦那もいずれ今の仕事は辞めてアムウェイ1本にする!!ってはりきっていて本当に馬鹿みたい・・・・・と思いました。
(中略)
あんな宗教みたいな団体怖いし、うさんくさいし、みんなで「夢」「自由」「仲間」をテーマにして理想ばかりで現実みてない集団と一緒になんてイヤ。

アムウェイにはまった友人との付き合い。。(教えてgoo)

マルチ商法マインド・コントロールは、自己啓発ときわめて親和性が高いです。
「成功」「幸せ」ということを押しつけがましく頻繁に語るし、やたらとプラス思考、ポジティブ・シンキングを推奨します。

成功や幸せをほしがるのも、前向きな姿勢で生きるのも、それ自体は悪いことじゃありません。しかし同時に、「みんながみんな会社経営して成功できるわけじゃない」「庶民はサラリーマンや主婦として地道に生活するしかない」という現実を直視せねばなりません。
それにもかかわらず、よくある自己啓発の教えは、この現実をすっぽり覆い隠してしまいます。何がなんでもプラス思考でやっていく以上、「自分にはどうせ会社経営なんてムリ」というネガティブな考えを捨てて、がむしゃらに頑張らないといけなくなるのです。

――くり返しになりますが、そこにはプラス思考しかないわけですか?
そうです。成功するのも落ちぶれるのも自分の責任。マイナスは考えない、あるのは未来だけ。こういうわけです。

「続・誰も書かなかったアムウェイ 〜なぜ私たちはアムウェイを辞めたのか〜」山岡俊介

以下の詩は、あるア○ウェイの販売員が実際に使っていたものらしいです。
例のごとく本社からこういう指示があったのではなくて、どこかのグループが独断で作成したものと思われます。縦書きの赤字で印刷してあったそうです。

もし、あなたが破れると考えるなら
あなたは破れる
あなたがどうしてもと考えないなら
何ひとつ成就しない
あなたが勝ちたいと思っても
勝てないと考えるなら
勝利はあなたに微笑まない。
もし、あなたがいい加減にやるなら
あなたは失敗する

われわれがこの世界から見出すものは
成功は人間の意志によって始まり
すべては
人間の精神状態によって決まるということだ
もし、あなたが落伍者になると考えるなら
あなたはそのとおりになる
あなたが高い地位に昇ることを目指すなら
勝利を得るまえに
必ずできると信じることだ

人生の戦いにおいては、常に
強い人に歩(ママ)があるのではない
早い人に歩(ママ)があるのではない
やがて勝利を獲得する人は
「オレはできるんだ」と考えている人だ

この情熱をマルチの仕事に向けさせれば、それだけでもう洗脳は完了するでしょう。
つきつめれば、友達や恋人からマルチ商法と馬鹿にされて絶交されようが、借金をふくらませて家族を泣かせようが、そのことをプラス思考で捉えないといけなくなりますし、くよくよと悩んで落ち込んではいけないことになります。

成功も幸せも、本来ならいろんな形があると思いますし、われわれ庶民はどこかで諦めて妥協せねばなりませんが、いったんマインド・コントロールを受けると、「成功=マルチの仕事で成功する」「幸せ=マルチの仕事で幸せをつかむ」というふうに熱をあげ、そのことに一切疑問を持てなくなってしまうんです。


3、どういう人がハマるのか?

誰だってお金持ちになりたいし、スゴイ会社を経営してみたいし、素敵な友達をいっぱい作ってみたいです。
そのあたりの欲望を絡めとるのがマルチ商法のやり口だから、これは誰しもハマる危険があると思ったほうがよさそうです。

あなたに友達が多ければ、その中からマルチの勧誘が忍び寄ってきます。
逆にあなたに友達が少なければ、一人ぼっちで寂しいと感じていたところに、やつらは親切そうな顔をして近づいてくるのです。
きっかけは何でもよいのです。私たちが普段どこかで誰かに会っているかぎり、初対面でもマルチに誘われるってことがありえます。

もし学歴が低ければ、そこの劣等感を刺激されて始めてしまうかもしれません。
反対に学歴が高くても、人はみな何かの劣等感をもっているものだし、学歴だけで仕事がうまくいくとは限りませんから、「俺は頭が良いはずだ」というプライドがかえってアダになるかもしれません。

今の仕事でおおよそ成功して満足していたり、成功せずとも妥協してあきらめられる人なら、こんな自己啓発じみたマインドコントロールに影響されにくいとは思いますが、われわれは聖人じゃないんだからやはり満足も妥協も簡単ではありません。


4、カルト宗教との共通点

一人暮らしの若者がマルチ商法にハマッた場合、なかなか家族に会わせてもらえなかったり、家族との接触をいちじるしく制限されてしまうことがあります。
きっとカルト宗教がおこなっているマインド・コントロールと同じです。親がどんなに心配して会いたがっても、サークルの先輩や仲間との付き合いのほうが優先されるし、統一教会みたいに子どもを家族から引き離して洗脳してしまうんです。
もし子どもがすでに成人していれば、それを連れ戻す手段はありません。本人が自由意思でやっているかぎり、借金を背負おうが何をしようが、家族にはどうしようもないんです。

商業カルトは、貪欲の教義を信奉する。
彼らは人々をだまし操って、「もうかる」という希望のために、わずかな報酬で、または無報酬で働かせる。ピラミッド型あるいは多重型(つまりネズミ講式の)販売組織がたくさんあって、大金を約束するが、実際は被害者を丸裸にしてしまう。そのうえで、彼らは被害者たちの自尊心を破壊し、不平を言わないようにする。成功はどれだけ新人を勧誘するかにかかっており、その新人がまたほかの新人を勧誘する。商業カルトとしてはこのほかに、会員をおどして雑誌の講読契約や物品を一軒一軒やらせるものもある。
これらのカルトは、地方の新聞に素晴らしい旅行や魅力的なキャリアを約束する広告をだす。カルトの勧誘者たちは、ホテルの部屋で「面接」をして高校生や大学生をねらう。「採用」されると、彼らは通常「訓練を受ける」ための金を払わされ、それから商品を売りにバンで遠くへ連れて行かれる。販売員たちは恐れと罪責感であやつられ、物理的または性的虐待を受けることもある。これらの人々は「会社」の奴隷となり、「生活費」を払うために自分の金を差しだすのである。

マインド・コントロールの恐怖」スティーヴン・ハッサン

5、製品にたいする盲信

最後にもうひとつ、「製品にたいする盲信」というのを挙げておかねばなりません。

Q.「この自然食品は素晴らしい! この自然化粧品は素晴らしい! 私も、もちろん使っているけれど(と、自分も使っていることを強調しつつ効能を述べたてる)! だから、このビジネスはマルチ商法なんかじゃなくて、環境や健康の問題を解決しながら、それで少しお小遣いにもなるっていうもの」と商品の素晴らしさに特化されたら?
A.「そんなに素晴らしい商品を売りたいだけなら、(「仕組みの図」を見せながら)常にあなたが最下層で頑張り続けて売ってください。私は、貴社の化粧品にも健康食品にも興味はない」
マルチ商法まがいの勧誘に気をつけて!!

早稲田大学のホームページには、このような注意喚起がありました。
これだけではちょっと分かりづらいと思いますが、誘い文句にある「性能がすばらしい」「自分も使っている」「環境や健康に優しい」っていうのは、相手をだますためにでっち上げた営業トークなんかじゃなくて、勧誘している張本人がまじめにそう信じこんでいる可能性が高いです。

妹がコーヒー淹れてくれっていうから、黙ってアムウェイじゃなくて普通のコーヒー淹れてやったら、やっぱりアムウェイのコーヒーはおいしい!とか言って飲んでるからワロス
俺の妹がこんなにアムウェイ信者なわけがない

マルチ商法をやっている人は、熱病にでもかかったかように、その会社と製品のすばらしさを盲信しています。
彼らは「よい商品だから友達に勧めているだけ。何が悪いの?」と本気で思い込んでいるのです。おそらく「友人をだましてお金をむしりとってやろう」などという悪意はもっていません。

上昇志向をギラギラさせて「お金儲けがしたい」「ビッグになりたい」と思っているのとは裏腹に、内実では「この会社のすばらしい製品を世に広めたい」という使命感に燃えているんです。一見矛盾するようですが、彼らはこの使命感ゆえに「自分が破産したってかまわない」「他の仕事をやるぐらいなら死んだほうがマシ」と考えています。

マインドコントロールを受けると、視野がいちじるしく狭くなるのです。
化粧品でも健康食品でも調理器具でも、自分が携わっているマルチの製品以外は、どれもこれもすべて品質がひどく劣っていると信じこみます。
反対に、そのマルチの会社がつくっている製品なら、どれもだいたい優れているはずだと信じます。「○○社の製品を使わないと生活ができなくなる」という異常な強迫観念に囚われているケースさえあります。

常識的に考えて、○○社の製品がすばらしいと思うのであれば、すでにいる他の販売員から購入しておけばすむ話です。わざわざ自分が販売員をやる必要なんてありません。
ところが洗脳が進むと、そうは考えられなくなるようです。「○○社の製品を末永く利用していきたい」っていうことと、「○○社またはその関連企業に就職したい」っていうことと、「自腹をきって仕入れて○○社の製品を委託販売したい」っていうことの違いを理解できなくなるのです。


6,コミュニケーションの破綻

マルチ商法に呑みこまれて洗脳された人は、このように仕事・労働についての認識が曖昧になっていくのですが、それと併行して、家族・知人らとのコミュニケーションの取り方にも支障を来たすようになります。
たとえば、知人と会ったときに「○○社の製品はすばらしい」と世間話の一環でしゃべって教えてあげることと、みずからが販売員となって製品を売りつけるため営業トークすることの違いを理解できなくなるのです。

自己改革という名の洗脳。これに一番近いのが会社でのリーダーシップセミナーとかそういうたぐいのものです。ただし、会社でのそれは、社会に会社員として働くことによって貢献するもので、それがアムウェイでのそれになると、「世界にアムウェイを広めることによって、自分も幸せになる。みんなも幸せになる」貢献になるというわけです。みんなに広げようアムウェイの輪。
京都・主婦の体験談より

「続・誰も書かなかったアムウェイ 〜なぜ私たちはアムウェイを辞めたのか〜」山岡俊介

彼らにとっては、商品を売りつけるために知人を呼び出すのも、新しい知り合いを作ったついでに商品を売りつけるのも、どっちもその使命感からして当然のことなのです。そしてあわよくば新規会員にと勧誘してきます。
人間関係を介して広がるネットワークビジネスだから、"知り合い=金づる=勧誘対象"という思考が脳に染みついてしまうのでしょう。

ワシらのは客の人間関係を根こそぎ刈りとって、金に替えてしまう商売なんや。ワシらの商売ゆうのはな、究極のところ人間関係を現金化するシステムなんや。人間関係をきれいさっぱり現金化してしまうさかい、ワシらの通った跡はペンペン草すら生えへんのや。
この仕事は人間が長い人生で培ってきた友人知人の縁をきれいさっぱり現金にかえてしまうものなんや。あとはカネだけでつながる人間関係しか残らへんのや。この人間は自分を儲けさせてくれるヤツかどうか、人を判断する基準がその一点に絞られるのや。

ナニワ金融道 8巻」青木雄二

7,マルチ商法は心の問題

「○○を売って大儲けがしたい。○○を売るためなら大損したってかまわない」――洗脳が進むと、こんなふうに矛盾したことを言い出します。
「完全に合法ですばらしい仕事だ」としゃべっていた舌の根も乾かぬうちに、矛盾を突かれると、「ちょっとは違法かもしれないが善意でやっているから構わない」「これからは注意して(マルチの仕事を)頑張っていく」と言い出すのが典型的です。これらは何も悪意に満ちた開き直りではなく、当人たちは大真面目に言っているのだと思います。

こんなメチャクチャな精神状態でどういう仕事をやるかといえば、せいぜいマルチの商品を買うためのアルバイトです。そしてとうとう貯金や仕送りが尽きそうになると、サラ金に通いつめてでもマルチの製品を仕入れてきて、バイトで得た収入はそっちの返済に当てることになるでしょう。
悪徳商法といえば、「お金をだましとられる詐欺」としてクローズアップされる向きがありますが、マルチ商法にかぎっては同時に、依存してしまい止められない人たちの心の問題でもあることをご理解ください。

警察も消費者センターも、マルチ商法の被害を止めることはできません。上記ブログに載っているような、あからさまに無茶苦茶な手口をやっているところでさえ、警察はせいぜい弟を説得するにとどめているのですから、より慎重な合法路線をとっている企業には何一つ対処をしてくれないのです。
解決のためには、ありきたりですが、政治がもっと厳しい法整備を進めること、市民レベルでの問題意識を高めること、被害者への支援充実を打ちだすしかないと思います。



お断り

マルチ商法は、「マルチまがい商法」という言葉もあるとおり、あれやこれや形を変えて、法や世間の目をごまかそうとと画策しています。
委託販売や無店舗販売の一形態だから合法と言い張ることがありますし、MLM(マルチ・レベル・マーケッティング)だの、ネットワークビジネスだの、さまざまな名称があるみたいですけど、結局「これはマルチ商法ではない。大丈夫」と安心させるための手口なので、近寄らないようにするのが吉です。

なお、これも細かいことだとは思いますが、マインド・コントロールは、どうやら洗脳とは異なるものみたいです。
Wikipediaにも紀藤弁護士の本にも書いてあることですが、「洗脳」(ブレインウォッシング)というのは、隔離・暴力・監禁・薬物など、物理的な強制力をつかって人間の精神をゆがめます。なので、いったん環境が変わってその強制力が消えると、洗脳は自然と解けていきやすいと言われています。
一方「マインド・コントロール」は、必ずしもそのような物理的な強制力を伴わず、本人はみずからが完全に自由意思でやっていることと確信しています。ですから、マインド・コントロールで刷り込まれた信念を捨てることを頑固に拒むのです。
このように捉えるなら、定義としては後者のほうがマルチ商法の被害者に当てはまると思います。



関連書籍、サイト

【社会人・大学生必読】マルチ商法に騙される前に読むべき珠玉の体験記事【まとめ】
http://matome.naver.jp/odai/2133965806927366601

マルチ商法に関する俺の体験談を書く
http://d.hatena.ne.jp/sunomononano/20090315

苦情の坩堝
http://www.sos-file.com/top.htm

カルト関係の本も、マインド・コントロールという部分では参考になった。
山岡俊介氏はマルチ商法についての著作が多い。マルチの商法=自己啓発セミナーというのは、なにも近年に始まったことではなく、以前からさんざん使われてきた手口だったことが分かる。

マインド・コントロール (2時間でいまがわかる!)

マインド・コントロール (2時間でいまがわかる!)

マインド・コントロールの恐怖 (ノンフィクションブックス)

マインド・コントロールの恐怖 (ノンフィクションブックス)

続 誰も書かなかったアムウェイ―なぜ私たちはアムウェイを辞めたのか

続 誰も書かなかったアムウェイ―なぜ私たちはアムウェイを辞めたのか

*1:マルチのセミナーやサークルは、販売員になる前に参加させられる可能性がある。顧客の立場でありながら販売員の集まり(慰労会・慰安旅行など)に特別招待されて、そこで強引な勧誘をされたり、そうでなくても和気あいあいとパーティーのような歓迎を受けて親睦をむすぶ。

*2:数千円ぐらいのものであれば、マルチ商法だとは気がつかず、知らずに購入してしまった経験がある人も多いはずです。

*3:はっきりと「販売員になってみないか」という言い方で勧誘するなら、まだとても良心的だ。実際は「ひさしぶりに遊ぼう」「友達を紹介する」「パーティーをやろう」などと言ってだまして連れ出される。

*4:会社の中だけで通用する社内資格を指しているなら、「資格が取れる」という説明は必ずしもウソではない。ゆえに、本社が公認してこの売り方をすすめている場合さえある。

*5:ア○ウェイではこの県外研修を「ラリー」と呼び、月1でやることになっている。これは本社がそういう研修をやれと命じたわけではないが、各グループが結束を固めて売り上げを伸ばすため、おのずから同じようなスタイルを取り入れていくそうだ。ほかそのマルチ商法でも、だいたい似偏ったスタイルをとることが多い。